ウエスト症候群の治療から5年 息子の「今」と「これから」

ウエスト症候群

「ウエスト症候群」——この病名を初めて聞いたのは、息子がまだ2歳を過ぎたころでした。突然体がピクッと震えるような動きを見せ始め、不安に思って病院へ行ったのがきっかけです。

そこからは、私たち家族にとって未知との戦いが始まりました。検査、入院…。再発するのではないか、息子は歩けるのか、話せるのか、どこまで成長するのか・・毎日不安は尽きませんでした。何が正解かもわからない中で、ただただ「少しでも良くなってほしい」と祈る気持ちで日々を過ごしていました。

あれから5年。幸い現在まで再発はありません。入院後の投薬も無しで過ごせています。現在6歳になった息子は、地域の小学校の支援学級に通いながら、少しずつ自分の世界を広げています。

今回は、ウエスト症候群の治療から5年経った今、息子にどんな変化があったのかを記録として残したいと思います。


「走ることも跳ぶことも難しい」と言われた日

息子は生まれた時から体が小さく、発達のペースもゆっくりでした。ウエスト症候群で入院治療が終わってからしばらくしてつかまり立ちを始めました。立って歩けるようになったのは3歳ごろです。歩くのが遅れたこともあり偏平足でした。専門医からは、「将来、走ることや跳ぶことは難しいかもしれません」と告げられたことを、今でも覚えています。

ショックでした。でも、それが現実なら、親としてできることを精一杯やろう、と気持ちを切り替えました。

療育やリハビリに通い、靴やインソールなども医師と相談しながら選びました。歩き方が少し不安定でも、転ばずに歩けた日には心の底から嬉しくなりました。今では早くはありませんが走れるようになりました。ジャンプも5cmほど跳ぶことができるようになりました。


支援学級に通い始めて変わったこと

小学校は、地域の公立校の支援学級を選びました。
周囲には「特別支援学校も検討してみたら?」という声もありましたが、息子ができる範囲で社会と関わる機会をできるだけ持たせたいという思いがありました。

結果的にこの選択は、息子にとって大きなプラスになったと考えています。

もっとも良かったと思える点は、同世代の子どもたちと関わる機会がぐっと増えたこと。
これまで療育施設では先生との1対1の関わりが中心でしたが、今は友達と挨拶を交わしたり、一緒に行動したりすることも増えてきました。

支援学級の先生方はとても温かく、個々の特性をしっかり見てくれます。最近ではお家で友達の名前や先生の名前を教えてくれるようになりました。


コミュニケーションの芽が育ってきた

5年前は、言葉が出ず、発語にも不安がありました。しかし最近では、言葉数も増え、自分の気持ちを伝えようとする姿勢が見られるようになりました

まだ文章で会話をするのは難しい部分もありますが、ジェスチャーや簡単な言葉で「楽しい」「いや」など、感情を表現できるようになったのは大きな成長です。

また、予想外だったのは、クラスの友達が息子のことをよく助けてくれることです。「○○くん、こっちだよ」「連絡帳出すんだよ」と自然に声をかけてくれる姿に、子どもたちの優しさを感じます。

息子もその輪の中に少しずつ入っていこうとしており、社会性の芽が少しずつ育ってきていると感じます。


まだ課題はあるけれど

もちろん、すべてが順調というわけではありません。
学習面では、授業内容についていくことは難しく、支援員の方がついていてくれる時間も限られています。

集中力も続きにくく、別のことに興味を持ってしまうこともあります。ですが、以前に比べると、机に向かい集中できる時間が増えてきました。

「できること」と「できないこと」がはっきりしてきた分、息子の将来に向けて伸ばしてあげたいこと、克服させてあげたいこと、が明確になってきました。
「息子は日々成長している」と思える瞬間があるから、今は前向きな気持ちでいられます。


「今の姿」を受け止めながら

5年前の私は、「5年後どうなっているか」なんて想像もできませんでした。
でも今、こうして小学校に通い、笑顔で「行ってきます」と言う息子の姿を見ていると、焦らず向き合ってきた日々に無駄なものは一つもなかったと感じます。

これからも息子の成長には時間がかかるでしょう。
でも、「できること」に目を向け、家族で支え合いながら進んでいけば、きっと未来は明るいと信じています。

これを読んでくださっている方の中に、同じようにウエスト症候群や発達に不安を感じている方がいたら、お伝えしたいです。

焦らなくて大丈夫です。
子どもたちは、私たちの想像以上に、ちゃんと前に進んでいます。

コメント